Pierce 知っておきたい基礎技術
(第1回 界面活性剤を用いたタンパク質抽出)

バイオ実験の手法が開発された目的や原理を理解することは、研究目的に適した実験手法の選択や期待した実験結果が得られない場合の原因究明に役立ちます。今号から12回のシリーズではじめて新しい実験に取り組む方、ならびに既に実験に取り組まれている方であらためておさらいしたい方を対象としてバイオ実験の基本手法やその原理を紹介していきます。第1回目のテーマは「界面活性剤を用いたタンパク質抽出」と題して、タンパク質抽出における界面活性剤の利用方法をご説明いたします。

(執筆担当 サーモフィッシャーサイエンティフィック(株)バイオサイエンス事業本部 土持)

はじめに

一般的にタンパク質の精製は、試料からの総タンパク質の抽出(溶解)、目的タンパク質の分離・濃縮(アフィニィティ精製)、干渉物質や夾雑物の除去(試料の調製やクリーンアップ)の順で行われます。細胞を破壊・溶解してタンパク質を抽出する操作は最終的に得られるタンパク質の収量や品質に影響するため、タンパク質精製における最初の重要なステップになります。細胞の破壊には、物理的手法や界面活性剤をベースとしたさまざまな手法が利用されています。
 物理的手法には、ブレンダーやミキサーあるいはホモジナイザーを用いた機械的破砕法のほか超音波を用いた細胞破砕法や乳鉢・乳棒による破砕法などが利用されています。しかしながら物理的手法による細胞破壊では、細胞破壊の際にサンプル中で局所的なタンパク質の熱変性が生じることがありタンパク質の変性や凝集を誘発してしまうという潜在的な問題があります。またホモジナイゼーションや乳鉢・乳棒を用いたすり潰し操作は再現性が得にくく操作毎に破砕力が異なってしまうため、抽出される細胞内成分に差が生じることがあります。さらに物理的手法で細胞を破壊するためにはフレンチプレスやソニケーターのような高価な機器が必要になります。
 一方、界面活性剤をベースとした手法では、簡便で低コストなだけでなく、マイルドな条件で細胞を溶解できるうえ実験間または実験者間の再現性が得やすいという利点があります。ここでは、界面活性剤をベースとした細胞ライセートや細胞分画とそのライセートの調製方法について基本技術を紹介します。

界面活性剤を用いた細胞の溶解

細胞や細胞小器官は生体膜によって内側と外側に区分されています。生体膜は主にリン脂質とタンパク質から構成されており、リン脂質が疎水性テールを互いに向き合わせた二重構造(脂質二重層)を形成し、その層の中にタンパク質が組み込まれています。界面活性剤はこのリン脂質に類似した性質を有しており、タンパク質の疎水領域に結合します。界面活性剤は脂質-脂質間やタンパク質-脂質間の相互作用を破壊するため、細胞を包む脂質二重層の破壊に利用することができます。界面活性剤は臨界ミセル濃度(CMC: critical micelle concentration)と呼ばれる濃度以上において自己会合しますが、通常このCMC濃度以上の界面活性剤を添加することによって細胞膜を界面活性剤で飽和し、細胞膜の破壊を誘導します。

細胞溶解に用いる界面活性剤の種類

界面活性剤には極性があり、親水性のヘッドグループと非極性で疎水性のテールグループから構成されています。ひとことで界面活性剤と言ってもさまざまな種類が存在し、特にヘッドグループの性質によってイオン性(陽イオン性または陰イオン性)、非イオン性、または両イオン性に大きく分類されます。各界面活性剤の性質は、そのヘッドグループとテールグループの特性(親水疎水性バランス, 鎖長, かさ高さ)によって決まります。
細胞の溶解に用いる界面活性剤の種類は、目的とするアプリケーションを考慮して選択する必要があります。膜タンパク質の機能やタンパク質間相互作用の状態を維持する必要がある場合には、一般的にイオン性の界面活性剤よりもマイルドでタンパク質変性に寄与しにくいことが知られている非イオン性または両イオン性の界面活性剤を使います。具体的には両イオン性界面活性剤のCHAPSや非イオン性界面活性剤のTriton Xのシリーズがよく使用されています。
一方、タンパク質の変性・失活が問題にならない(あるいは積極的に必要になる)場合には、基本的に可溶化作用が強くタンパク質を変性・失活させる傾向が強いイオン性界面活性剤を使います。例えば陰イオン性のSDSはきわめて疎水性の強いタンパク質についても可溶化が可能で、タンパク質溶液に加えてボイルすることでタンパク質を確実に変性させることができ、サイズ分画を行うゲル電気泳動やウェスタンブロッティングを行う場合に有用です。タンパク質変性作用が比較的少ないイオン性界面活性剤は数種類しか存在せず、コール酸ナトリウムやデオキシコール酸ナトリウムがよく知られています。
界面活性剤の選択には細胞の種類も考慮する必要があります。動物、植物、菌類、細菌類ではそれぞれ細胞壁の有無や細胞膜の構造に違いがあるため至適条件が異なります。動物の組織は細胞が高密度に集まった複雑な構造をしているため、一般的には界面活性剤だけではなく機械を併用した細胞破砕を行います。
さらに界面活性剤自体の種類だけでなく、併用するバッファーのpHや塩濃度のほかに温度についても合わせて至適条件を検討する必要があります。また細胞溶解に用いた界面活性剤を除去する必要がある場合は、透析(または脱塩や限外ろ過)での除去が可能な界面活性剤を選択する必要があります。

Pierce メールマガジン第1号 その他の記事