Dharmacon テクノロジー
(第8回 Thermo Scientific Accell siRNAを用いた小脳スライス培養におけるRNAi実験)
サーモフィッシャーサイエンティフィックでは、さまざまなテクノロジーを応用して、お客様のニーズに応えるThermo Scientific Dharmacon製品を開発しています。
前回は新しいsiRNAテクノロジーであるAccell siRNAを用いた長期的な遺伝子ノックダウンの方法をご紹介しました。Accell siRNAは、トランスフェクション試薬を用いることなく、初代培養細胞や神経細胞、免疫細胞などさまざまな細胞へ導入することができます。
今回は、Accell siRNAを用いたマウス小脳スライス培養におけるRNAi実験についてご紹介します。
(執筆担当 サーモフィッシャーサイエンティフィック(株)バイオサイエンス事業本部 広瀬)
はじめに
世界中には、アルツハイマー病・パーキンソン病・ハンチントン病などの神経性疾患に苦しめられている患者がたくさんいます。現在のところ、このような神経性疾患の発症メカニズムの多くが未解明のままです。RNAi技術を用いて、神経性疾患を引き起こす分子メカニズムを明らかにすることは、効果的な治療法の開発につながる可能性があります。
神経細胞内の分子パスウェイの解析には、脳切片培養が有用です。脳切片培養では、神経細胞やグリア細胞など支持細胞のin vivo環境に極めて近い状態での研究が可能となります。また、脳切片中の単一細胞における電気生理学的解析や、細胞内部への薬物投与ができるため、より詳細な神経生理学的・薬理学的な実験も可能になります。
神経細胞におけるRNAi
従来、神経細胞へsiRNAを効率的に導入することは、in vitro・in vivoを問わず困難であるとされてきました。リピッド系トランスフェクション試薬を用いて神経細胞へsiRNA導入を行った場合、至適化されたトランスフェクション条件であっても、多くの場合の導入効率は30%程度でした。また、リピッドの影響による細胞毒性も問題とされてきました。細胞生存率を上げるためにリピッド濃度を下げると、十分なsiRNAを導入できなくなります。一方、エレクトロポレーション法によるsiRNAの導入には特別な機器が必要となり、十分な導入効率や細胞生存率を得ることができない場合があります。
Thermo Scientific Dharmacon Accell siRNAは、トランスフェクション試薬や特別な機器を用いずに細胞に導入することのできる全く新しいタイプのsiRNAです。Accell siRNAには特殊な化学修飾が導入されているため、さまざまな細胞に受動的に取り込まれます。また、トランスフェクション試薬を用いないため、細胞毒性や炎症応答を最小限に抑えることができます。その結果として、従来法による神経細胞へのsiRNA導入時に起こる細胞生存率の低下を回避できます。
マウス脳切片にAccell siRNAを導入することにより、トランスフェクション試薬やエレクトロポレーション法によるsiRNA導入時に引き起こされる非特異的な影響を回避でき、in vivoに近い状態の神経細胞における遺伝子ノックダウンが可能になります。また、Accell siRNAを繰り返し脳切片へ投与することにより、脳切片組織の構造や生理へ悪影響を及ぼすことなく、細胞分化などの長期的な変化をモニターできます。
培養した脳切片へのAccell siRNAの導入手順
C57/BL6マウスの17日胚および生後8日目の個体から取り出した小脳を、冷却Hanks溶液(137 mM NaCl, 5 mM KCl, 0.7 mM Na2HPO4, 5 mM glucose, 2.5 mM CaCl2, 1.2 mM MgSO4, 4.17 mM NaHCO3, pH7.2)に、髄膜が剥がれないように注意深く浸しました。すべての小脳を取り出した後、次にHanks溶液に溶解したゼラチン溶液5 mL(20 % wt/vol; porcine skin由来, type A)に、それらの小脳を37℃のCO2インキュベーター中で20分浸透しました。その後、滅菌したspecimen discに小脳をマウントし、McIlwain tissue chopperを用いて切片(厚さ250 µm)を作成しました。スライスした小脳を、あらかじめ冷却したAccell delivery mediaに穏やかに浸し、実体顕微鏡(Zeiss, Stemi 2000 C)下で個々の切片に分離しました。24ウェルディッシュの各ウェルに300 µLのAccell delivery mix(1x B-27 [Gibco]を添加したAccell delivery mediaと1 µM Accell siRNAとの混合溶液)を加え、そこに入れた細胞培養用インサート(Millicell-CM, Millipore, Bedford, MA; 12 µm, pore size 0.4 µm)のメンブレン上に、Accell delivery mediaから取り出した切片を移しました。メンブレン下部から溶液が浸みこむことにより、メンブレンへの切片の付着が促進されました。培養に使用しないウェルには滅菌水を加え、ディッシュ内の湿度を高く維持しました。切片培養はスタンダードな条件(37℃, 5 % CO2, 湿度95 %)で行い、培養開始から48・72・96時間後に切片をサンプリングしました。あらかじめ冷却したPBSにて各々の切片を2回洗浄後、1x プロテアーゼ阻害剤カクテル(Complete, Roche)を添加したRIPAバッファー(40 µL)中に集め、1分の超音波処理により細胞抽出液を調製しました。サンプルあたり 50 µgのタンパク質を用いてウェスタンブロット解析を行いました。1次抗体はanti-Cyclophilin B (Abcam, 1:2000)を、また2次抗体はgoat-anti-rabbit-HRP (Dako, 1:30000)を用い、Super Signal West Femtoにより化学発光検出しました。
神経細胞へのAccell siRNAの導入確認
Accell siRNAの神経細胞への取り込みを確認するため、上述の手順にしたがって小脳の切片(厚さ250 µm)を作成し、培養しました。Accell Red Non-targeting siRNAとともに切片を3時間および72時間培養後、蛍光顕微鏡(Leica DM IRE2, filter TX2)により観察しました。Accell siRNAの取り込みは、投与から3時間後に確認されました(図1)。最も強い蛍光シグナルは、プルキンエ細胞および顆粒細胞層において観察されました。72時間の培養により小脳切片における蛍光シグナルはより強くなったことから、培養時間の延長はAccell siRNA導入効率を上げることが分かりました。なお、Accell delivery media にB-27 neuronal media(Life Technologies)を添加することにより、Accell siRNAの取り込みが阻害されることなく細胞生存率が高まることを確認しました。

図1 小脳切片におけるAccell siRNAの導入確認
小脳切片へAccell Red Non-targeting siRNA導入3時間および72時間後に蛍光顕微鏡により観察しました。シャッター時間は150 ms。
Accell siRNAを用いたCyclophilin B遺伝子のノックダウンの確認
Accell siRNAの投与による小脳切片におけるターゲット遺伝子の発現抑制を確認するため、上述の手順にしたがって、ハウスキーピング遺伝子であるPPIB (Cyclohilin B, NM_01149) の発現抑制を解析しました。小脳切片をAccell siRNAとともに培養し、siRNA導入48・72・96時間後のタンパク質発現レベルをウェスタンブロット解析しました。図2に示すように、Cyclophilin Bタンパク質レベルの十分な減少が確認されました。

図2 小脳切片におけるターゲット遺伝子の発現抑制
P8マウスの新鮮な小脳切片(厚さ250 µm)を、Cyclophilin Bをターゲットとする1 µM のAccell siRNA (Accell PPIB; cat# D-001920-02) または1 µM Accell Non-targeting siRNA #1 (NTC; cat# D-001910-01)とともに、Gibco B-27 serum-free supplement を添加したAccell delivery media (cat# B-005000)中で培養しました。Accell siRNA導入48・72・96時間後に切片をサンプリングしました。小脳切片からRIPAバッファーを用いて細胞抽出液を調製しました。サンプルあたり 50 µgのタンパク質を用いてウェスタンブロット解析を行いました。
まとめ
以上の実験結果から、Accell siRNAを脳切片に投与することにより、神経細胞において十分な遺伝子ノックダウン実験が可能であることが分かりました。脳切片へのAccell siRNAの投与実験は簡便であるため、神経細胞における分子パスウェイの解析や神経性疾患の原因の解明などのさまざまな研究に威力を発揮ことが期待されます。具体的には、以下のようなアプリケーションが考えられます。
- ミディアムスループットからハイスループットまでのRNAiスクリーニング
- ターゲット遺伝子のノックダウンと、引き起こされる表現型の観察によって、それと同一遺伝子のノックアウトマウスを用いた実験系の事前評価
- 培養細胞系での結果とin vivoモデル系での結果との相違の解明






