Dharmacon テクノロジー
(FOXO1制御機構の研究におけるRNAi技術の利用と定量PCR試薬「Solaris」を用いたAKTファミリー遺伝子の発現解析)
サーモフィッシャーサイエンティフィックでは、さまざまなテクノロジーを応用して、お客様のニーズに応えるThermo Scientific Dharmacon製品を開発しています。
今号では、AKTファミリータンパク質によるFOXO1の制御機構を解析するために、siRNAを用いてAKTファミリー各遺伝子の発現をノックダウンしたアプリケーションをご紹介します。各遺伝子の特異的なノックダウン効率は、定量PCR試薬「Solaris」によりスプライスバリアントを含めて評価しました。
今回は前編として、実験の概要と定量PCR用プローブ/プライマーのデザインについて触れます。
(執筆担当 サーモフィッシャーサイエンティフィック(株)バイオサイエンス事業本部 広瀬)
はじめに
Protein kinase B (PKB)、別名AKTは、多くの細胞内シグナル伝達系で中心的な役割を果たしているセリン・スレオニンプロテインキナーゼです(1)。AKTファミリータンパク質は、構造や配列が高度に保存された3種類のメンバーからなります(PKBα/AKT1、PKBβ/AKT2、PKBγ/AKT3)。サイトカインなどの細胞刺激によりphosphatidylinositol-3 kinase (PI3K) シグナル伝達系が活性化されるのに引き続いてAKTの活性は誘導されます。AKTはリン酸化によって活性化され、細胞内のさまざまな基質をリン酸化します。AKTによってリン酸化される基質の1つにFOXO転写因子があります。FOXO転写因子はForkheadファミリー (FKHR)の転写因子であり、保存されたDNA結合ドメインを持ちます(2)。哺乳動物のFOXO転写因子は4種類のメンバー(FOXO1, 3, 4, 6)からなり、アポトーシス・細胞周期の進行・酸化ストレス・グルコース代謝・エネルギー恒常性など、細胞内の重要なプロセスに関連しています(3)。活性化AKTによってリン酸化されたFOXOは細胞質にとどまり、結果として不活性となります(図1A)。AKT活性が(成長因子の欠如などによって)阻害されると、FOXOは脱リン酸化され、核に移行し、ターゲット遺伝子の転写を活性化します(図1B)(4)。AKTファミリーに属するタンパク質は、ほとんどの器官・組織で発現しています。AKT1はさまざまな器官・組織で高発現しています。AKT2は肝臓・骨格筋・脂肪組織などのインシュリン感受性組織で高発現しています。AKT3は脳や精巣において主要なAKTです(5)。AKTは、アポトーシス・細胞成長・分化・エネルギー代謝などの重要な細胞内過程を制御しています。AKTは正常な細胞内過程において多様な役割を担っていることから、AKTの機能障害が糖尿病や癌など多くの病気に強く関連することは特別なことではありません(6, 7)。実際に腫瘍形成のさまざまな過程において、AKTファミリータンパク質がアイソフォーム特異的に関与することが明らかにされてきました。このことは、AKTがウイルス性がん遺伝子であるv-akt の相同遺伝子として、初めて同定されたときから予想されていた結果です(8)。多くの研究によって、初代培養した腫瘍および癌細胞において異なるAKT遺伝子の増幅が確認されました。例えば、AKT1遺伝子の増幅と変異が胃がん・結腸直腸がんにおいて起こっていること、AKT2遺伝子の増幅が乳がん・卵巣がん・膵臓がんに影響を与えることが知られています(9)。
AKTファミリータンパク質は構造や配列がよく保存されていることから、その機能が重複している可能性があります。そのため、AKTファミリータンパク質各メンバーの機能を解明するためには、AKT各遺伝子の発現を選択的に調節し、発現量を特異的に定量できる解析ツールが必須となります。このような解析ツールを用いることによって、AKTファミリータンパク質のそれぞれが、異なる生物学的過程にどのように、またどの程度関与しているのかが明らかになり、選択性の高い治療法の開発の扉を開くことができるかもしれません。

図1 PI3K-AKTシグナル伝達系
成長因子レセプターはphosphatidylinositol-3 kinase (PI3K) を細胞膜に移行し、セカンドメッセンジャーであるphosphatidylinositol-3,4,5-triphosphate (PIP3) の産生を誘導します。AKTは細胞膜においてPIP3と結合し、3-phosphoinositide-dependent protein kinaseによってリン酸化されることで活性化します。活性化AKTによってリン酸化されたタンパク質は、さまざまな細胞内過程を制御します。その一例としては、ある種のFOXO転写因子を細胞質内に局在させることが挙げられます(A)。PI3K-AKT経路の不活性化によってFOXO転写因子は脱リン酸化され、核に移行し、ターゲット遺伝子の転写を活性化します(B)。
AKTによるFOXO1細胞内局在制御のRNAi技術を用いた解析
AKTファミリータンパク質によるFOXO1の制御について効率よく解析するために、U2OS FKHR Redistribution cell lineにおけるAKT各遺伝子の発現をRNAi技術によってノックダウンする方法を用いました(図2)。AKTファミリー各遺伝子に対する特異的な発現抑制は、Solaris qPCR Gene Expression Assayを用いて評価しました。Solaris qPCR Gene Expression Assayは、定量PCRに必要なデザイン済みプローブと2本のプライマーからなる製品で、独自のSolarisアルゴリズムによりデザインされており、次のような特長があります。
- Solarisプローブは5’末端にFAM (レポーター蛍光色素)とMinor Groove Binder (MGB) (10)を持ち、3’末端にEclipse Dark Quencher (蛍光クエンチャー)を持つ遺伝子特異的な蛍光標識プローブです。この独自構造によって、PCR中に生じる蛍光バックグラウンドノイズが低くなり、シグナル/バックグラウンド比(S/N比)が高くなります。
- プローブにMGBを導入するとともに、プローブやプライマーの一部の塩基を修飾塩基Superbaseに置き換えることによって、プローブとプライマーの融解温度(Tm)を調整しています。このため全てのターゲット遺伝子について同一のサイクル反応条件で定量PCRを行うことができます。また、MGBやSuperbaseの導入により、プローブとプライマーの配列デザインの自由度とターゲット配列への特異性が高められています。
- ターゲット遺伝子にスプライスバリアントが存在することが分かっている場合、プローブとプライマーは全スプライスバリアントの共通配列を認識するようにデザインされています。
- 転写産物(transcript)および偽遺伝子(pseudogene)のデータベースに対してBLAST相同性検索を行うことにより、プローブとプライマーがミスアニーリングする可能性のある既知配列を同定し、その配列を除いています。相同性の高いファミリー遺伝子の発現を個別に定量することができます。

図2 RNAi技術を用いた解析のワークフロー
AKT1、AKT2、AKT3遺伝子をターゲットとするON-TARGETplus SMARTpool siRNAを、遺伝子組換えを行ったU2OS細胞にトランスフェクションしました。この遺伝子組換え細胞は、ヒトFKHR/FOXO1をenhanced green fluorescent protein (EGFP) のN末端に融合した形で安定的に発現します(FKHR/FOXO1 redistribution cell line)。同一サンプル群を2枚の別個のプレートに用意し、1つのプレートではトランスフェクションから24時間後のAKT遺伝子の発現量をSolaris qPCR Gene Expression Assayを用いて測定しました。もう一方のプレートでは、トランスフェクション72時間後における、FKHR-EGFP融合タンパク質の細胞質から核への移行をCellomics ArrayScan VTI HCS Readerを用いてモニターしました。
U2OS FKHR Redistribution cell lineは、ヒトFKHR/FOXO1をEGFP (enhanced green fluorescent protein) のN末端に融合した形で安定的に発現するため、FOXO1の細胞内移動を容易にモニターできます。ハイコンテントアナリシス(Thermo Scientific Cellomics)によって、AKT経路を阻害したときの効果を詳細に解析することができます。96ウェルマイクロプレートにプレーティングした細胞に対して、AKT各遺伝子に対するON-TARGETplus SMARTpool siRNAを3連でトランスフェクションしました。同一サンプル群を2枚の別個のプレートに用意し、1つのプレートをAKT遺伝子の発現量の分析用として、もう片方をハイコンテントアナリシス用としました。このアプローチにより、AKT遺伝子発現解析と、Cellomics ArrayScan VTI HCS Readerを用いたFOXO1の細胞質から核への移行のモニタリングの両方を行いました。
AKTファミリー遺伝子にはスプライスバリアントがあることが知られています。AKT1遺伝子から転写されるmRNAには、5’非翻訳領域が異なるものの同一のタンパク質をコードする3種類のスプライスバリアントがあります。AKT3遺伝子から転写されるmRNAには、3’末端領域が異なり、異なる(バリアント)タンパク質をコードする2種類のスプライスバリアントがあります。AKT1、AKT2、AKT3 mRNAの配列相同性は高く、AKT1とAKT2は80%、AKT2とAKT3は70%、AKT1とAKT3は71%の相同性があります。AKT1、AKT2、AKT3 mRNAの全てのスプライスバリアントの構造を図3Aに示しました。Solaris qPCR Gene Expression Assayを用いた際に生成する増幅産物の位置およびサイズを黒い線で示しました。AKT2遺伝子に対するSolarisプローブ/プライマー配列の、AKT1、AKT2、AKT3各転写産物の配列に対する相補性を検証した結果を図3Bに示しました。プローブと2本のプライマーの配列はいずれもAKT2 mRNA配列に対して完全に相補的ですが、AKT1およびAKT3 mRNA配列に対しては相補的ではありません。Solarisプローブ/プライマーは、ターゲット遺伝子の全てのスプライスバリアントをまとめて検出できるように設計されているため、RNAiによるAKTファミリー遺伝子の発現量の変動を解析するツールとして最適です。また、ゲノムDNAが増幅されないように、プローブ・プライマー・PCR増幅産物のいずれかが可能な限りエクソン/エクソン境界部の配列となるようにデザインされています。AKTファミリー遺伝子(AKT1-3)の塩基配列は相同性が高いことから、定量PCRに用いるプローブ/プライマーは、各遺伝子を特異的に検出できるように、配列の異なる領域にデザインする必要があります。遺伝子ファミリーのメンバーであり、多数のスプライスバリアントを持つようなターゲット遺伝子については、プローブおよびプライマーの配列をデザイン可能な領域が限られることがあります。しかし、Thermo Scientific Solaris定量PCR試薬では、プローブやプライマーにMGBやSuperbaseを導入し、アニーリング温度を調整することによってその問題をクリアしています。さまざまなデザインテクノロジーを駆使したThermo Scientific Solaris定量PCR試薬を用いることによって、ファミリーを形成する遺伝子の発現を特異的に解析できることが期待されます。

図3 AKT1、AKT2、AKT3各遺伝子のスプライスバリアントとSolaris qPCR Assayの配列特異性
A. AKT1遺伝子から転写されるmRNAには、3種類のスプライスバリアントがあります(v1、v2、v3)。AKT2遺伝子からは1種類のmRNAが転写されます。AKT3遺伝子から転写されるmRNAには、2種類のスプライスバリアントがあります(v1、v2)。各AKTのmRNA模式図において、異なる色の四角は異なるエクソンを表します。Solaris qPCR Gene Expression Assayを用いた際に生成する増幅産物の位置およびサイズを黒い線で示しました。Solaris qPCR Gene Expression Assayによる増幅領域は、3つとも、複数のエクソンにまたがるように設計されています。
B. AKT2遺伝子に対するSolarisプローブ/プライマー配列の、AKT1、AKT2、AKT3各mRNA配列に対する相補性を調べました。プライマーを紫色と緑色で、プローブを青色で示しました。
次回のバイオサイエンスメールでは、Solaris qPCR Gene Expression Assayを用いたAKTファミリー遺伝子の発現解析の実際の結果についてご紹介します。
参考文献
- B. D. Manning, L. C. Cantley, Cell 129, 1261 (Jun 29, 2007).
- M. E. Carter, A. Brunet, Curr Biol 17, R113 (Feb 20, 2007).
- V. Duronio, Biochem J 415, 333 (Nov 1, 2008).
- A. Brunet et al., Cell 96, 857 (Mar 19, 1999).
- T. F. Franke, Oncogene 27, 6473 (Oct 27, 2008).
- B. Dummler, B. A. Hemmings, Biochem Soc Trans 35, 231 (Apr, 2007).
- B. T. Hennessy, D. L. Smith, P. T. Ram, Y. Lu, G. B. Mills, Nat Rev Drug Discov 4, 988 (Dec, 2005).
- S. P. Staal, J. W. Hartley, W. P. Rowe, Proc Natl Acad Sci U S A 74, 3065 (Jul, 1977).
- A. Carracedo, P. P. Pandolfi, Oncogene 27, 5527 (Sep 18, 2008).
- E. A. Lukhtanov, S. G. Lokhov, V. V. Gorn, M. A. Podyminogin, W. Mahoney, Nucleic Acids Res. 35, e30 (March 12, 2007, 2007).






