Thermo Scientific PCR関連製品
Phusion High-Fidelity DNA Polymeraseを用いた、ホルマリン固定したパラフィン包埋(FFPE)組織からのダイレクトPCR法

サーモフィッシャーサイエンティフィックでは、さまざまなテクノロジーを応用して、お客様のニーズに応えるThermo Scientific製品を開発しています。 弊社のPhusion High-Fidelity DNA Polymeraseは、従来のPCR酵素よりも短時間で、増幅困難な長いターゲット配列を正確かつ確実に増幅します。今号では、Phusion High-Fidelity DNA Polymeraseを用いてFFPE組織からダイレクトPCRを行なう方法を紹介します。本法ではDNA抽出・精製やパラフィン除去の操作が不要です。Piko Thermal CyclerおよびUTW(Ultra-Thin Walled)プレート・チューブとともに用いることで、短時間で高収量のPCR産物を得ることができます。
(執筆担当 サーモフィッシャーサイエンティフィック(株)バイオサイエンス事業本部 広瀬)

はじめに

多くの病院では、ホルマリン固定しパラフィンに包埋した状態で組織サンプルを保存しています。これらの組織サンプルは基礎研究や遺伝子診断する上での貴重な材料となっています。ホルマリン固定を行なうと生体分子の修飾や架橋が起こるため、FFPE組織からDNAやRNAを抽出・精製するのは一般的に困難です(1,2)。またFFPE組織内のDNA・RNAは短い断片に分解していることが多いです。近年、FFPE組織内の分解あるいは損傷したDNAを抽出・精製し分析するさまざまな技術が開発されてきました(3,4)。FFPE組織からDNAを抽出・精製する方法には、簡便な組織破砕法から労力のかかるプロトコルまで多数あります(5,6)。
今号では、DNA合成速度に優れた独自開発のPhusion High-Fidelity DNA Polymerase(7)を用いてFFPE組織から効率よく直接DNAを増幅する方法を紹介します。この方法ではDNA抽出・精製やパラフィン除去の操作が不要で、Proteinase Kで処理したサンプル溶液の一部をダイレクトPCRに用いて短いDNA断片を増幅することができます。

材料と方法

FFPE組織からのPCR用サンプル溶液(上清)の調製
FFPE切片:厚さ10 µmのFFPE組織切片を、0.2 mg/mLのProteinase Kを含む1x Phusion HF Reaction Buffer(切片の大きさに応じて50-200 µLの範囲で容量を決定)に入れました。このサンプルを60℃で1時間あるいは一昼夜インキュベートした後、98℃・10分の加熱処理によりProteinase Kを失活させました。サンプルを遠心(16,000 x g, 2分)した後、上清を新たなチューブに回収し使用時まで-20℃で保存しました。1-5 µLの上清をダイレクトPCRに用いるか、1x Phusion HF Reaction Bufferで10分の1あるいは100分の1に希釈した溶液をPCRに用いました。

FFPEブロック:滅菌ナイフを用いてブロックから少量の組織を採取し、上述のようにProteinase Kで一昼夜処理しました。以降の操作はFFPE切片を用いた場合と同様です。

FFPE顕微鏡スライド:滅菌ナイフあるいはピペットチップを用いて顕微鏡スライド(厚さ4 µmの切片、未染色)から少量の組織を剥ぎ取り、数µLの1x Phusion HF Reaction BufferとともにPCRチューブに移しました。その後、上述のようにProteinase Kで一昼夜処理しました。以降の操作はFFPE切片を用いた場合と同様です。

図1 PCR溶液の調製法

*テンプレートDNAとしてより多くの上清が必要な場合はH2Oの容量を調整します。

図2 PCRのサイクル反応条件

両プライマーが20 mer以上の場合には、Tm値が低いほうのプライマーのTm値よりも3℃高い温度でアニールさせました。プライマーが20 mer以下の場合には、Tm値が低いほうのプライマーのTm値をそのままアニール温度に使用しました。プライマーのTm値がTm calculatorで69℃以上(両プライマーが20 mer以上の場合)あるいは72℃以上(両プライマーが20 mer以下の場合)になる場合には、2ステップ法でPCRを行えます。

結果

Phusion High-Fidelity DNA Polymeraseを用いることで、FFPE組織からダイレクトPCRによってDNAを増幅できることが分かりました。4種類のFFPE組織(ヒト乳房・前立腺・子宮・結腸)の切片をProteinase Kで1時間あるいは一昼夜処理しました。サンプルによっては、1時間のProteinase K処理により、PCRに十分な量のDNAをFFPE組織から遊離させることができました(図3)。しかし、Proteinase K処理を一昼夜行った場合の方が、全てのFFPE組織からより効率的にDNAを増幅することができました。

図3 Phusion High-Fidelity DNA Polymeraseを用いたFFPE組織からのダイレクトPCR

FFPE前立腺組織切片(10 µm)をProteinase Kで1時間処理しました。221 bpおよび313 bpのDNA断片を、材料と方法で記載したプロトコル(40サイクル)にしたがってPCR増幅しました。

Proteinase Kで処理したFFPE組織サンプルから、Phusion High-Fidelity DNA PolymeraseとTaq DNA polymeraseを用いて PCRを行った場合のDNA増幅を比較しました(図4)。Phusion High-Fidelity DNA Polymerase をPiko Thermal CyclerおよびUTWプレート・チューブと一緒に用いることにより、Taq DNA polymeraseよりも高収量の増幅結果を得ることができました。

図4 Phusion High-Fidelity DNA PolymeraseとTaq DNA polymeraseの性能比較

FFPE前立腺組織切片(10 µm)をProteinase Kで一昼夜処理しました。221 bpのDNA断片を、さまざまな濃度のサンプル上清からPCR増幅しました(矢印は濃度の上昇を示します)。Phusion High-Fidelity DNA Polymeraseを用いたPCRは、材料と方法で記載したプロトコル(40サイクル)にしたがって行いました。Taq DNA polymeraseを用いたPCRは、メーカーの推奨するプロトコル(40サイクル)にしたがって行いました。

続いて、Proteinase K処理により破砕したFFPE組織からのダイレクトPCRと、市販のキットを用いて抽出・精製したDNAをテンプレートとしたPCRを行ったところ、両方の方法により、同等量のDNA断片(261 bp)を増幅することができました(図5)。市販のDNA抽出キットを用いた方法では有機溶媒などによるパラフィン除去操作が必要なため、Proteinase K処理したFFPE組織からのダイレクトPCRの方が簡便かつ安全です。

図5 FFPE組織からのダイレクトPCRにより、市販のキットを用いて抽出・精製したDNAをテンプレートとしたPCRと同等のDNA増幅が得られます

FFPE乳房組織切片をProteinase Kで一昼夜処理し、PCR用サンプル溶液(上清)を調製しました。この上清と、市販のキット(パラフィン除去操作を含む)を用いて抽出したDNAをテンプレートとし、Phusion High-Fidelity DNA Polymeraseを用いて261 bpのDNA断片をPCR増幅しました。

考察

今号では、Phusion High-Fidelity DNA Polymeraseを用いてFFPE組織から効率よく直接DNAを増幅する方法を紹介しました。本法ではDNA抽出・精製やパラフィン除去操作が不要です。Phusion High-Fidelity DNA Polymeraseは、品質の一定しない未精製のDNAサンプルを用いるPCRアプリケーションに最適です。Phusion High-Fidelity DNA Polymeraseにより、Taq DNA polymeraseと比べてより多くの収量が得られます。またFidelityが高いため、得られたPCR産物はクローニングやシーケンシングに使用できます。
FFPEブロックの品質は、本法の成否に大きな影響を与えます。古いブロックや不適切に作成されたブロックを用いた場合には、新たに作成したブロックを用いた場合よりもPCR産物の収量が低いことが分かりました。また、密度の高い組織については、Proteinase K処理により1x Phusion HF Reaction Bufferに遊離するDNAの量が少ないことが予想されます。Proteinase K処理時間を長くしたり、FFPE組織の量を増やしたりすることにより、PCR増幅結果が改善する場合があります。
FFPE組織内ではDNAが分解している場合が多いため、短いDNA断片しかPCR増幅できない場合がほとんどです。本アプリケーションノートで用いたFFPE組織からダイレクトPCRにより得られた最長のDNA断片は約300 bpでした。

文献

  1. Chaw Y.F.M. et al. (1980) Isolation and identification of cross-links from formaldehyde-treated nucleic acids. Biochemistry 19: 5525−5531.
  2. Metz B. et al. (2004) Identification of formaldehyde-induced modifications in proteins. J. Biol. Chem. 279: 6235−6243.
  3. Goelz S.E. et al. (1985) Purification of DNA from formaldehyde-fixed and paraffin-embedded human tissue. Biochem. Biophys. Res. Commun. 130: 118−126.
  4. Dubeau L. et al. (1986) Southern blot analysis of DNA extracted from formalinfixed pathology specimens. Cancer Res. 46: 2964−2969.
  5. Gilbert M.T.P. et al. (2007) The isolation of nucleic acids from fixed, paraffin embedded tissues- Which methods are useful when? PLoS ONE 2(6):e537.
  6. Sepp R. et al. (1994) Rapid techniques for DNA extraction from routinely processed archival tissue for use in PCR. J. Clin. Pathol. 47: 318−323.
  7. Wang Y. et al. (2004) A novel strategy to engineer DNA polymerases for enhanced processivity and improved performance in vitro. Nucleic Acids Res. 32: 1197−1207.